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こころのメッセージ


中高年男性のメンタルヘルスについて

産業医科大学精神医学教室 教授 中村 純

H15年7月掲載

わが国の2001年度の完全失業率は平均して5%を越えた。1990年以降、日本経済はバブル崩壊後の長い不況のトンネルに入ったままの状態が続いている。実質経済成長率はマイナス成長を記録して続けており、経済は石油危機直後の1974年以来の状況になっている。その影響として1998年以降、4年連続して自殺者が年間3万人を越えている。

この数字は交通事故死者の3~3.7倍にも達しており、社会問題としてもっと深刻に考えなければならない。自殺によって失われた名目GDP(名目国内総生産)は一年間で8309億円とも推定されている。

そして、自殺者の多くはうつ状態・うつ病とされており、それだけに職場におけるメンタルへルス対策が重要な課題となっている。さらにうつ病などの精神障害も労災認定されるようになり企業にとってメンタルへルス対策が無視できなくなっている。厚生労働省もこの現状を打破すべく、小泉内閣の日本新生プランの一つとして2001年度から「自殺防止対策」を政策として掲げている

完全失業率と自殺者数の推移img0613_2

 さて職場に限定すると経済・産業構造が変化してきており、特に最近の話題としては情報化社会によるコンピュータ、テレビ、携帯通信の発達、いわゆる情報通信技術(IT)革命がある。IT革命は技術的なことだけではなく最新の技術導入による人員削減による失業、リストラクチャリング(リストラ)やテレワーク、SOHO(small office home office)*など雇用形態の変化などをもたらしている。リストラは本来業務の再構築をすることを意味しているが、最近の様子をみていると、わが国でのそれは雇用調整を伴っており、その用語自体人員整理と同義語のように使われているようである。

(※情報通信技術を利用して、時間と場所に制約されることなく仕事ができる働き方をテレワークと呼ぶ。テレワークには、自宅や自宅などの近くのオフィスを雇用形態として行うものがあり、自営業者が行うものをSOHOと言っている)

 また、これだけ情報過多の状況になってくると個人のプライバシーへの配慮も無視できない。メールによって不必要な個人情報が広範囲に広がりトラブルが起こることがある。企業では新入社員の適応不全、上司・先輩・同僚・後輩との人間関係、仕事上の問題、出向、転勤、海外出張、組織変更、定年など職場でのライフイベントに沿ったそれぞれの場面でのストレスによる反応が起こることが予想される。

 現在の経済状況と関連して、就業に対する意識変革も起こっている。このことはこれまでの労働慣習を見直そうとする企業が増加してきていることとも関係して、年功序列制度が解体し、業績主義が徹底してきたことによると考えられている。その結果、転職する人が増え、労働市場の流動化が起こっている。事実、このような背景から、会社に対する帰属意識は相対的に低下してきており、仕事に対する価値意識は家庭生活に対する価値意識に従属していく傾向がみられる。

平たく言えば既婚者ではマイホーム主義者が増加しており、独身者では5時以降は自分の生活を楽しもうという人が増えているといえる。これはある意味で世の中が豊かになっているともいえる。したがって、日本人が「働き蜂」といわれていた時代からみると、残業時間はむしろ減少する傾向がある。それでも日本人の多くは今なおよく働くと考えているようである。就業意識の変化は若い人に定職に就かない就業者(フリーター)の増加をもたらしているのが現状である。

 一方、中高年はこのような時代の変化を受け止められず、その犠牲者として過労死・過労自殺などがでてきているともいえる。最近、我々が行った全国的な調査ではさまざまな疾患のため精神科を受診し治療を受けていたにもかかわらず自殺をした人は男女比がほとんど変わらなかったが、2001年の全国の自殺者はおよそ70%が男性であり、特に40歳~50歳代の人が3割以上を占めていたことから、中高年の男性はメンタルヘルス不全を自覚したとしても心療内科や精神科を受診する機会が少ないのではないかと危惧している。

現在の課題としては、仕事の量や質が変化した結果、人間関係が円滑にいかない、仕事に対する意欲の低下、億劫感、不安、不眠、食欲低下などが自覚した場合に気軽に心療内科や精神科を受診できるシステムを構築する必要がある。

また男性受診者が少ない理由として精神科あるいは精神病に対する偏見あるいは精神科を受診すること自体が人事考査の対象になることへの危惧も考えられ、このような傾向を助長している可能性がある。

さらに中高年者には家庭内にも問題を抱えていることが多い。子供の進学・就職、結婚、出産、親の死などそれぞれの年代に応じた変化が起こっている。したがって、仕事と家庭の要因を明確に区別することは困難である。これらは仕事や家庭での「喪失体験」と考えられ、これらがうつ状態・うつ病発症の契機となることが推定される。

 まだまだこころの病やストレス不全を自覚し、病院を訪れることに不安や抵抗感があると思われるが最近では心療内科や精神科のクリニックが増えているし、総合病院内にメンタルヘルスセンターなどもできていることからでできるだけ早期に相談に行くことを勧めたい。

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